ガン発症は放射能が原因か part2
通常、後ろ向きの症例対照研究(結果対照研究)ではいくらかのバイアスが掛かります。記録に頼ったデータならよいのですが、多分に記憶に頼ったものになります。例えば、ガンを発症した人にタバコの喫煙履歴を聞けば鮮明かつオーバー気味に返ってきますし、ガンを発症していない人に聞けば少々、真剣さを欠いた曖昧な記憶しか期待できません。
このようなバイアスがあるので正確さはコホート研究よりも劣りますが、症例が発生してから研究できるので、要因を複数考慮できますし、コストも時間も少なくて済みます。
症例対照研究(ケースコントロール研究)でガンとの関連性を調べる
データはコホート研究同様、要因への暴露有無と症例の発症有無の2x2のクロス表に集約します。
| | 要因への曝露|
| | あり | なし |
+---------------+------+------+
|症例の有無 発症| | |
| ----+------+------|
| 非発症| | |
+---------------+------+------+
スウェーデンのケースを仮に症例対照研究だと考えて、人々の記憶が完璧だとします。すると2x2のクロス表は項目名が変わるだけで数値は以下のように同じになります。
過去の記録が完全な場合は後ろ向きコホート研究になるのですが、コホート研究(要因対照研究)との違いを考察するために敢えて症例対照研究(結果対照研究)で計算してみます。
|セシウム137汚染| 要因への曝露|
| 3~29kBq/㎡ | あり | なし |
+---------------+------+------+ ---+
|疾病の有無 発症| 10378| 6691| |
| ----+------+------| 癌 |
| 非発症|517434|352818| |
+---------------+------+------+ ---+
| |
+---- 汚染 ---+
2x2のデータが"r03.dat"、"r30.dat"、"r40.dat"、"r60.dat"、"r80.dat"の5つのファイルに保存してあるのは、先ほどと同じです。
オッズ比で暴露要因と疾病の関係を計る
後ろ向きの調査の場合、相対リスクではなくオッズ比を使用します。これら5つのファイルからオッズ比を計算するために、oddsrというrpnプログラムを用意します。それぞれ計算すると、odds.txtに計算結果が格納されます。
>rpn -c oddsr <r30.dat >>odds.txt
>rpn -c oddsr <r40.dat >>odds.txt
>rpn -c oddsr <r60.dat >>odds.txt
>rpn -c oddsr <r80.dat >>odds.txt
odds.txtファイルの内容を確認してみましょう。相対リスクと同様に60~79kBq/㎡の地域が1を下回っていることが分かります。
1.05759 1.02528 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.09092
1.06456 1.01036 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.12166
1.18485 1.13282 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.23927
0.99627 0.899917 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.10294
1.16314 1.04607 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.29332
次にodds.txtファイルからオッズ比だけを抽出して、グラフ化します。
>rpn 1 -c rownum <odds.dat | xyp -x,5 -y.8,1.3 -s,.1 -n -m | npd
^y 1.3
|
1.2
| *
| *
1.1
|
| * *
1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
| *
|
0.9
|
| x
| 5
+0.8---|-------|-------|-------|------->
3~29k 40~59k 80~120k
30~39k 60~79k
コホート研究とほぼ同様の結果です。
====================================================
<3kBq/㎡ 1 1
3~29kBq/㎡ 1.05646 1.05759 -0.11%
30~39kBq/㎡ 1.06328 1.06456 -0.12%
40~59kBq/㎡ 1.18079 1.18485 -0.34%
60~79kBq/㎡ 0.996339 0.99627 0.01%
80~120kBq/㎡ 1.15962 1.16314 -0.30%
誤差を考えても、オッズ比と相対リスクはかなり近似していることが分かります。過去を遡った調査が正確であれば、コホート調査に近い精度が期待できそうですね。
ガンと送電線の関係
次にガンに関連したデータから症例比較研究の計算をしてみます。またスウェーデンからになるのですが、送電線から発せられる電磁波が白血病、脳腫瘍、その他のガンを引き起こすのではないかと疑われ、研究されました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・==||==・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
/_ || /_ /_
/_ / |XX| / / /_
/ /_ |XX| /_ /
/ |XX| /
△ △ △ △ |XXXX| △ △ △ △
□ □ □ □ |XXXX| □ □ □ □
-----------------------------------------------
| 300m | 300m |
----------- -----------
1960~1985年の25年間で、送電線から300m以内に1年以上居住していた人が対象になりました。43万6500人の中から症例のある患者142人と健康な558人を無作為に選び、次に合計700名を暴露量0~0.9mG、1~2.9mG、3mG以上の集団に分けて調査しています。
mG(ミリガウス)とは磁場(磁界)の単位です。パソコンのディスプレーからのガイドラインは2.5mGとなっていますが、送電線の真下では8mGを超えることがあるそうです。送電線から60m離れることを推奨する人もいます。ちなみに磁場の公式な単位はテスラ(T)で、1mG=100nT(ナノテスラ)です。
0~0.9mGを比較対照として、1~2.9mG、3mGのグループのオッズ比を計算します。以下は1~2.9mGと3mG以上での疾病の有無を0~0.9mGの地域と比べたクロス表です。
|送電線の電磁界 | 要因への曝露 |
| が与える影響 |1~2.9mG|0~0.9mG|
+---------------+--------+--------+ ------+
|疾病の有無 発症| 4 | 27 | 白血病|
| ----+--------+--------| 癌 |
| 非発症| 47 | 475 | 脳腫瘍|
+---------------+--------+--------+ ------+
| |
+-----電磁界 -----+
+---------------+--------+--------+
|送電線の電磁波 | 要因への曝露 |
| が与える影響 | 3mG以上|0~0.9mG|
+---------------+--------+--------+ ------+
|疾病の有無 発症| 7 | 27 | 白血病|
| ----+--------+--------| 癌 |
| 非発症| 32 | 475 | 脳腫瘍|
+---------------+--------+--------+ ------+
| |
+-----電磁界 -----+
1~2.9mGの2x2クロス表のデータをファイルの"rad1.dat"に、3mG以上をファイルの"rad3.dat"に格納することにします。早速、オッズ比を計算してみましょう。
1.49724 0.502382 ≦ 95%信頼区間 ≦ 4.46221
>rpn -c oddsr <rad3.dat
3.84838 1.55666 ≦ 95%信頼区間 ≦ 9.51395
1~2.9mGは比較対照の地域に比べて、ガンになるリスクが1.5倍高く、3mG以上では3.8倍も高いことが分かります。ただ、前者の信頼区間が下限で0.5なので、場合によっては電磁波を受けたほうがガンにならないということにもなります。もちろん、逆に4.5倍ガンになりやすい可能性もあります。
3mG以上に関しては信頼区間が大きく開いていますが、オッズ比の下限が1以上なので、症例対照研究としては統計的に優位な差が認められることになります。つまり、送電線が近いとガンになりやすいということですね。
送電線等の電磁場については、4mGの居住環境にいると小児白血病が2倍になるという報告が日本でも出ています。ちなみにリニア新幹線の客室内の床面は6000~40000mGとのことです。
ガン発症の原因は特定しにくい
送電線とガンとの症例比較研究でも分かりますが、ガンになる要因は複雑に絡んでいます。この研究でも症例が少ないことや送電線以外の電磁波の影響を無視しているなどの問題点が指摘されており、万人がガンとの因果関係を認めているわけではありません。
仮にトンデル論文でガン発症率が高い地域に送電線が通っていたら当然、発症率に影響したはずです。ストレス、喫煙、飲酒、自然・医療被曝、電磁波…。ガン発症の要因は複雑化していきます。
しかし、様々な不確定要素が紛れ込んだとしても、ある程度それらを含めて危険率(信頼区間)として許容して、妥当な結論を導き出すために統計学があります。95%信頼区間であっても下限の数値が相対リスクやオッズ比の1を超えるなら、病気との関連を疑ってかかるのが科学的な姿勢でしょう。
チェルノブイリの土壌汚染との比較
最後に本題のトンデル論文ですが、チェルノブイリでの土壌汚染と比較してみると、以下の表にあるようにスウェーデンでの疫学研究は、チェルノブイリの第4区分に相当するような汚染地域で行なわれたことになります。
=================================================
1,480kBq/㎡~(40Ci/k㎡~) 第1区分 強制避難区域
555kBq/㎡~(15Ci/k㎡~) 第2区分 強制移住区域
185kBq/㎡~( 5Ci/k㎡~) 第3区分 希望移住区域 スウェーデン
37kBq/㎡~( 1Ci/k㎡~) 第4区分 放射線管理区域 <-- での疫学調査
研究ではセシウム137の最大汚染を120kBq/㎡としているので、キューリー換算すると3.2Ci/k㎡になります。第4区分でも放射能の影響と見られる症状が出ているので3.2Ci/k㎡も侮れない汚染度なのですが、いわゆる低線量被曝地域での研究になるので、放射能と疾病との関連を明確に見出すのは困難なのかもしれません。
福島第一原発から遠く200kmも離れた首都圏の一部でも第4区分に相当する汚染が存在します。これらの地域をスウェーデンの汚染と同様と仮定すると、たとえ放射能が原因で病気になったとしても統計的に有意な差は出てこないのかもしれません。
一方、福島県の汚染度はチェルノブイリの第4区分から第1区分にまで至ります。第1区分は論外としても、第2、第3区分にはいまだに多くの人が住んでいます。トンデル論文よりも汚染度の高い地域で、どのような健康被害が出るのか正確に分かる人は誰もいません。謙虚にチェルノブイリの先例から学ぶ以外にないでしょう。
チェルノブイリでは7割の放射性物質がベラルーシ共和国に降り注ぎ、事故から10年経過した後も汚染地区には220万人が住んでいました(そのうちの50万人は子供)。彼ら・彼女らの健康状態がどのようなものであったかは書籍や動画、医師などからも知ることができます。
チェルノブイリ原発事故は爆発から10日でほぼ収束しましたが、福島原発事故は一年を過ぎても放射性物質を放出し続けています。風向きや天候次第では空気中を漂う放射性物質を吸い込んでしまうことも十分に考えられます。また、ウクライナやベラルーシ、北欧諸国に比べて放射能汚染の流通基準が甘い日本では、食品や飲料からの内部被曝にも注意しなくてはいけません。
結局のところ、どれくらいの放射能を危険とするかの判断は、一人一人に任されていると考えたほうがよいようです。
過去の原発事故の影響や土壌汚染の実態、福島原発事故との対比、外部・内部被曝への対処などが放射能からのサバイバルに詳しくあります。興味のある人は閲覧ください。
番外編:医療被曝の衝撃(肺ガン検診は死期を早める?)
誰しもが経験のある胸のレントゲン撮影(X線も放射線の一種)では、多かれ少なかれ外部被曝しますが、医療における被曝は健康に影響があるほど危険なのでしょうか。
学校、企業による健康診断(職場健診)が盛んな日本は名実共に世界一の医療被曝大国です。
胸部X線撮影を全否定するものではありません。肺炎や肺ガンなどの進行度を知るために患者の利益と不利益を鑑み、利益が上回ると判断されたときは患者の同意の下、使用すべきです。
ここにチェコ・リポートと言われる旧チェコスロバキアで行なわれた疫学調査(1990年)があります。
男性の喫煙者6300人を無作為に2つのグループに分けて、1つのグループには年2回の肺ガン検診(胸部X線撮影)を3年間受けてもらいました(計6回)。もう一方のグループは何もしません。そして、その後の健康状態を追跡調査したのです。
典型的なコホート研究になりますね。追跡後、肺ガンを発症した人と未発症の人、肺ガンで死亡した人と存命の人、全体の死亡数と生存数に分けて集計した結果が以下です。
肺癌 | 受診 |非受診| 肺癌 | 受診 |非受診| | 受診 |非受診|
-------+------+------- -----+------+------- --------+------+-------
発症 | 108 | 82 | 死亡 | 64 | 47 | 総死亡数| 341 | 293 |
未発症 | 3042 | 3068 | 生存 | 3086 | 3103 | 総生存数| 2809 | 2857 |
それぞれのケース毎に相対リスクを計算してみましょう。なお、ファイルの"xray1.dat"から"xray3.dat"までにクロス集計のデータが格納されているものとします。
1.31707 0.992632 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.74756
>rpn -c rrisk <xray2.dat
1.3617 0.937514 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.97782
>rpn -c rrisk <xray3.dat
1.16382 1.0036 ≦ 95%信頼区間 ≦ 1.34962
計算結果から、相対リスクが全て1を超えていますので、X線撮影の有無が要因になった可能性があります。ただし、肺ガン発症と肺ガン死に関しては信頼区間が1を下回っていますので、統計的には要因といえるかどうかは微妙です。
逆に総死亡数の信頼区間は1を超えているので、X線撮影が死亡に関して何らかの要因となっていることは統計的に言えます。信頼区間を表示したグラフにしてみると雰囲気が分かります。"="は信頼区間の上限と下限です。
1.8 |
| |
| = |
1.6 | |
| | |
| | |
1.4 | *
| * | =
1.2 | | |
| | | *
| | | |
1・・・・・・・・・・・・=・・・・・・・・・・・・|・・・・・・・・・・・・=
| =
| x
+0.8---------|------------|------------>
肺癌発症 肺癌死 総死亡
肺ガン発症と死亡の信頼区間の下限が1を下回っているとは言うものの、グラフから危険度の傾向が読み取れます。胸部X線撮影すると肺ガンになるリスクが3割もアップするとなると検診を躊躇してしまいますね。
当時、医学界は猛反発。アメリカ、フランス等で追試が行なわれましたが、同じ結果でした。肺ガン検診の存在意義を問う重大事なのですが、その後の調査は何故か実施されていません。
ちなみに胸部X線撮影での被曝量は僅かに0.06mSv(1回当たり)です。それでも、このように統計的に有意な差が発生していることは、記憶に留めておく必要があるでしょう。
欧州ではガンの1%が医療被曝によるものと言われていますが、日本はその3倍の3%とのこと。
心筋シンチグラフィーでは放射性物質(γ線核種)を注射しますが、撮影後1週間経過しても体から60μSv/hが計測された事例があります(SOEKS-01M使用)。最低でも1週間で10mSvの被曝です。
マギール大学の調査において、CT等のX線検査・治療では10mSv毎に発ガンリスクが3%増加することが判明しています(調査人数は8万)。また、メルボルン大学が行なった調査によると若年層への低線量CTは発ガンリスクを増やします(発ガン比率にして24%)。なお、検査1回あたりの被曝量は4.5mSvになります。
岡山県大学医学部によるガン患者のカルテ調査で、死亡数の80%がガンそのものではなく、抗ガン剤や放射線等のガン治療の副作用だったということです。また、米国癌協会は治療を放棄した末期ガン患者の30%は自然治癒(ガン細胞の成長停止含む)し、抗ガン剤治療した患者の96%は死亡する統計を公表しています。ちなみにガン細胞自体は39.3℃以上で死滅する(35℃で最も増殖)という説もあり、ガンの生態には未だ多くの謎があります。
※職業被曝と公衆被曝には線量制限が設けられていますが、医療被曝には制限がありません。
rpnプログラムを実行するには、rpn試用版かrpn標準版が必要です(バージョンの違いはこちら)。
rownumはカンタン分析パッケージに同梱されています。xypとnpdはrpnの姉妹ソフトウェアです。詳しくはプロダクトを参照ください。
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