ニュートン冷却法則を検証
世の中で変化しないものはありません。森羅万象、変わっていないと思うものでも少しずつ変わっていきます。ほんのちょっと前と今は少し違う。その間隔を極限まで小さくしたら、ある瞬間の変化率が分かることになります。
時間間隔が限りなくゼロのその瞬間、物体はどう変化しているのか。17世紀、アイザック・ニュートン(1642~1727)が考え付いた流率法(幾何学的微分法)がまさにその答えとなるものでした。
同時期にドイツのライプニッツも微分を考案しています。ニュートンの微分記法はピリオドをアルファベットの上に配置するものでしたが、分かりづらかったため、ライプニッツのΔを使う書き方(dy/dx)とラグランジュによるf'(x)が広まりました。ニュートンの影響力の強いイギリスにおいてニュートン微分記法からライプニッツの記法へと変更させたのはコンピュータの父と言われるチャールズ・バベジ(1791~1871)です。
この微分法を利用したものにニュートンの冷却法則(Newton's law of cooling)があります。これはある物体の温度が冷めていく速度は周辺の温度との差に比例するという経験則から導かれました。
簡単に言えば、25℃の部屋で100℃のお湯が冷える速度と50℃のお湯が冷える速度は温度差が大きい100℃の方が速いということです。
100℃-25℃=75℃の方が、50℃-25℃=25℃より冷えやすい。
ニュートンの冷却法則は次の微分方程式で表すことができます。
--- = -k(T - C)
Δt
Tは物体の温度、Cは室温、kは比例定数です。そして、ΔTは非常に短い時間のΔt間における物体の温度変化になります。Δtこそが微分の真骨頂で、限りなく0に近いことを示します。
周囲の温度は一定であること。物体との温度差があまりにも大きすぎないことがニュートンの冷却法則が成り立つ条件です。
この微分方程式を解くと以下の数式になります。
T - C = (To - C)・e
ここで、Toはt=0の時(冷却開始時)の物体の温度です。当然、To > Tになります。もう一歩進んで、式を変形すると任意の時点での物体の温度Tの関数が得られます。
T = C + (To - C)・e
大抵の場合、分からないのは比例定数のkですから、実際にΔtの前後で温度を測定します。上記の式をkとtについて解くと次の数式になります。
log ------ log ------
T - C T - C
k = ----------- t = ----------- ※logは自然対数です。
t k
例えば、室温が25℃の状態で、90℃の物体が30分の間に40℃になったとします。kの値は以下の式で計算できます。
log -------
40 - 25
k = -------------
30
rpn式で計算してみましょう。
0.0488779
比例定数kは0.0488779となりました。kが分かれば物体の温度が室温とほぼ同じになる時間も分かります(物質が室温と同じ温度だと0で割ることになるので便宜上26℃とします)。
log ---------
26 - 25
t = -------------
0.0488779
rpn式での計算過程は以下のとおりです。
85.4044
>rpn 85.4044 60 /
1.42341
1.4時間で室温と同じになるようです。
液体の冷却法則(陶磁器カップの場合)
実際にニュートンの冷却法則を実験してみましょう。
陶磁器のカップを使って、インスタントコーヒーにお湯を注いだ直後から、冷たくなるまでの温度変化を測定してみます。注いだ後からの加熱はありませんから、最終的にはコーヒーの温度は室温と同じになって、ニュートンの冷却法則が当てはまるはずです。
測定は1分毎に25分間続けることにします。以下がその結果です。なお、湯量は100㏄。実験時の室温は26.6℃です。
81.6 70.6 68.6 64.8 62.6 60.2 60 57.2
55.8 54.4 54 51.8 51.2 50.4 48.4 48
47 46.4 44.8 44.4 44 43 42.8 41.6
41.4 40.6
測定した温度データが26行1列でファイルの"cup1.txt"にあるとします。さっそく、温度の推移をグラフに描いてみましょう。
^y 100
|
85
*
75
|*
65 *
| * **
55 ** *
| ** ** *
45 * ** *
| ** ** ** * *
35
| x
| 25
+25----5-------10------15------20------> ^y 100
横軸が経過時間で縦軸が温度です。お湯を注いでから徐々に温度が下がっていく様子が窺えます。ニュートンの冷却法則どおりに室温との温度差が減ってくるとコーヒーの温度も下がりにくくなっているようです。
次に1分毎の温度の差をグラフ化してみます。上のグラフとは上下反転します。
>xyp -x,25 -y-15,0 -s5,5 -n -m <tmp
+------5-*-----*0-*-*--*5-*--*-*0-*--*-*
|o * * * * * * 25
| * ** * * * x
| *
|
-5
|
|
|
|
-10
|*
|
|
|
|-15
横軸が経過時間、縦軸が毎分の温度差です。最初は10℃以上もあった温度変化が急に少なくなっていることが分かりますね。
ニュートンの冷却法則との比較
さて、この温度変化はニュートンの冷却法則にどれくらい一致しているのでしょうか。お湯を注いだ直後の温度と5分経過した温度を使って、比例定数kの値を求めてみましょう。
上記の公式に当てはめて、rpnで計算すると比例定数は以下になります。
0.0985614
0.0985614が比例定数のkになります。では、判明している数値を公式に当てはめてみましょう。
T = C + (To - T)e
この公式に上記の比例定数kを当てはめると次のようになりますね。
T = 26.6 + (81.6 - 26.6)e
次にtを0から25まで変化させてTを求めます。rpnを使えば一行で計算できます。
81.6
76.4377
71.7599
67.5212
63.6804
:
(中略)
:
33.5417
32.8901
32.2997
31.7648
31.28
計算結果をファイルの"cup1.dat"に確保して、実測のデータとグラフで比較してみましょう。
>paste cup1.txt cup1.dat | rpn 0 -c rownum >tmp
>xyp -x,25 -y25,100 -k2 -s5,10 -n -m <tmp
^y 100
|
85
+
7+
|* +
65 *+
| * ++
55 +* *
| + + ** ** *
45 ++ + * ** *
| + ++ ** ** ** * *
35 ++ + ++
| ++ ++ + +
| 25
+25----5-------10------15------20------>
"*"が実測値で、"+"が実測値から導いた理論値になります。大体は一致していますが、微妙に違いが見られます。時間が経過するに従って、理論値ではもっと温度が下がるはずなのですが、実測では下げ止まりが見られます。
では、10分から15分の温度変化から近似式を得た場合はどうでしょう。
|
85
+
7+ +
|* + +
65 * + ++
| * ** + ++
55 ** * ++ +
| ** ** *+ ++ +
45 * ** * ++ ++ +
| ** ** *+ + +
35
| x
| 25
+25----5-------10------15------20------>
"*"が実測値で"+"が理論値ですが、やはり綺麗に一致しません。
実は液体が冷えていく場合、全体が均等に冷却してくれません。固体の物質に比べて分子構造もバラバラの状態で不均一です。また、水面やカップに接している部分は速く冷えますが、カップ中央部は比較的温度を保っていますし、対流も起きています。
どうもニュートンの冷却法則に従わせるには、いつもカップ内の温度が一定になるように均等に攪拌する必要があるみたいですね。
次は…
コーヒーカップを使った実験で、ニュートンの冷却法則が一応は確認できましたが、実測値の理論値にはズレが見受けられます。液体を均等に冷却することが難しいことが法則とのズレの原因なのですが、実はそれ以外にも温度変化の推移が変わるものがあります。
カップ自体の材質です。熱が奪われるのはお湯の表面だけではありません。カップからも熱は奪われていきます。では、カップが異なると温度の変化はどれくらい変わるのでしょうか。
また、固体の物体を使った場合は、液体に比べてニュートンの冷却法則に忠実に従ってくれるのでしょうか。次では、これらの疑問に答えるための再実験を行ないます。
rpnプログラムを実行するには、rpn試用版かrpn標準版が必要です(バージョンの違いはこちら)。
pasteは講座サポートで公開されています。rownum, rowdifはカンタン分析パッケージに同梱されています。xypとnpdはrpnの姉妹ソフトウェアです。詳しくはプロダクトを参照ください。