ニュートン冷却法則を検証 part2
液体の冷却法則(冷めない保温カップの場合)
注ぎ入れたコーヒーを保温してくれるカップがここにあります。謳い文句は、冷めにくいカップ。二重ステンレス製で空気層を挟み混んだ保温カップです。中には真空で断熱したものもあるようです。果たして保温の効果はあるのでしょうか。
実際に使用してみると確かに冷めにくいという感覚はあるのですが、ある種のプラシーボ効果のような感じもします。
この保温カップを使って陶磁器のカップと同じ実験をしてみましょう。測定は1分毎に25分間です。湯量は陶磁器カップの場合と同様に100㏄。実験時の室温は26.6℃です。
以下が測定したデータです。お湯を注いだ直後の温度は陶磁器カップと同じです。
81.6 78.2 73.2 70 68.4 64 62.8 60.6
58.6 56.2 54.8 53.6 52.6 51.2 49.8 48.6
47.8 46.6 46 44.4 44.2 42.6 42.4 41.8
41.4 40.6
データは縦一列でファイルの"cup2.txt"にあるとします。では、温度のグラフを描いてみましょう。
^y 100
|
85
*
7*
| *
65 * *
| * **
55 **
| ** **
45 ** ** *
| * ** ** **
35
| x
| 26
+25----5-------10------15-----20------2>
期待の保温カップも陶磁器のカップとあまり変わらないような曲線です。では、毎分の温度差のグラフはどうでしょう。
>xyp -x,25 -y-15,0 -s5,5 -n -m <tmp
+------5-------10------1*---*--*0-**-*-*
|o * * * ** ** * * * * 25
| * * * x
|* *
| *
-5 *
|
|
|
|
-10
|
|
|
|
|-15
陶磁器のカップのように最初の1分での急激な温度変化は見られず、5℃以内の変化に留まっています。では2つのカップの温度の推移を見てみましょう。
>rpn 0 -c rownum <tmp | xyp -x,26 -y25,100 -k2 -s5,10 -n -m
^y 100
|
85
+
7+
|* +
65 *+ +
| * *+ ++
55 ** ++
| * ++ ++
45 ++ ++ +
| *+ ++ ++ ++
35
| x
| 26
+25----5-------10------15-----20------2>
"*"が陶器のカップで"+"がステンレスの保温カップです。初めは僅かに保温カップの方が僅かに熱いですが、10分も経つと違いが分かりません。グラフで毎分の温度差を比較してみましょう。
実験を開始して1時間後のコーヒーの温度は陶磁器、保温カップともに28.6℃でした。>rpn -c rowdif <cup1.txt | rpn 1 -c rownum >tmp1
>rpn -c rowdif <cup2.txt | rpn 1 -c rownum >tmp2
>paste tmp1 tmp2 | xyp -x,25 -y-15,0 -k2 -s5,5 -n -m
+------5-*-----*0-*-*--*+-*-+*-+0-++-+-+
|o + + * *+ ++ ++ +* + *+ + * 25
| * ** + + + * * x
|+ +
| +
-5 +
|
|
|
|
-10
|*
|
|
|
|-15
"*"が陶器のカップで"+"が保温カップです。似たような感じを受けますが、よく見ると陶磁器の場合は最初の温度低下が激しく後はなだらかです。保温カップの方は最初こそ急激に下がりませんが、その後の温度低下が陶磁器よりも多いようです。
ちなみに陶磁器カップのカップ側面の温度はコーヒーの温度と同じでしたが、保温カップの場合は大体31℃で一定でした。コーヒーカップ自体からの熱の放出に関しては、保温カップの方が少ないことは確かです。結論としては、コーヒーを入れてから10分までに飲めば、陶磁器のカップよりは多少よいかなという程度でしょう。
喫茶店のコーヒーの場合、60℃~70℃で出されることが多いそうです。60℃を下限と考えると大体5分以内に飲み干せば、味を十分に楽しめたことになりそうですね。
紅茶の場合はカップに注ぐ最適温度がコーヒーより高くなります。そのため、運ぶ時間に余裕があるように思いますが、紅茶のカップは横幅がコーヒーカップよりも広く、冷めやすくなっていますので、時間的余裕はあまり変わらないかもしれません。
固体の冷却法則(遠赤外線パネルの場合)
カップの材質の違いによる温度推移を実験してきましたが、これらの実験に見られるように、液体を一様に冷却することは困難です。そこで、固体の物体を使って再度、冷却実験をしてみましょう。
実験対象は約40cm×30cmのパネルから遠赤外線を出して体を温める電熱器です。パネルの表面温度を測ります。電源を入れて十分に温まった状態で、電源を切り、その後の温度変化を1分毎に25分間測定します(室温は26.6℃)。以下がその測定データです。
168.4 131.8 119.4 103.4 86.2 80 72.4 66.6
61.8 57.6 54.4 51.6 48.8 46.4 44.4 43.6
41.6 40.2 38.4 37 36 35.6 34.8 34.6
33.6 32.8
データがファイルの"heater.txt"にあるとします。温度変化のグラフは以下のようになります。
^y 200
|
*
150
|
|*
| *
100 *
| *
| * *
| * * **
50 ** ** ** *
| ** ** ** * *
| x
|o 25
+------5-------10------15------20------>
横軸が時間経過で、縦軸がパネルの表面温度です。今度の温度変化はニュートンの冷却法則に一致しているのでしょうか。陶磁器のカップと同様に近似式で計算してみましょう。
遠赤外線電熱器の電源を切った直後の温度と5分経過した温度を使って、比例定数kの値を求めます。公式に当てはめて、rpnで計算すると以下となります。
0.195321
比例定数のkは0.195321なので、公式によると次の式になります。
T = 26.6 + (168.4 - 26.6)e
カップの時と同様にtを0から25まで変化させてTを求めます。
168.4
143.241
122.545
105.522
91.5186
:
(中略)
:
28.9459
28.5297
28.1873
27.9057
27.674
この計算結果をファイルの"heater.dat"に確保して、実測のデータとグラフで比較してみます。
>paste heater.txt heater.dat | rpn 0 -c rownum >tmp
>xyp -x,25 -y,200 -k2 -s5,50 -n -m <tmp
^y 200
|
+
150
|+
|* +
| *
100 +
| ++
| * +
| + + **
50 ++ ++ ** ** *
| ++ ++ + ++ ++ ++ + +
| x
|o 25
+------5-------10------15------20------>
"*"が実測値で、"+"が実測値から導いた理論値になります。6分以降は外挿になるのですが、よく一致していることが分かります("*"と"+"が同じ位置の場合は"+"が表示されています)。
なお、実験を開始して1時間後のパネルの温度は26.6℃でした。理論値における60分後の温度は26.6012。かなりの精度です。さて、パネルの毎分の温度差ですが、以下のように急激なものとなります。
>xyp -x,25 -y-40,0 -s5,10 -n -m <tmp
+------5-------10---**-**-*-**-**-**-*-*
|o * ** ** 25
| * ** x
|
-10*
|
| * *
|
-20
|
|
|
-30
|*
|
|-40
10分以降はほとんど目視確認できませんが、拡大すると温度変化が確認できます。
>xyp -x10,25 -y-5,0 -s5,1 -n -m <tmp
+------------15-----------20-----*----->
10 * 25
| * * *
-1 * *
| * *
| *
-2 * *
| *
| * *
*3
|
|
-4
|
|
|-5
コーヒーカップのケースよりも温度低下が急激です。ただし、縦軸が温度の実数なので単純に比較できません。そこで、温度差ではなく温度変化の比率で再計算してみます。これで平等に比較できるはずです。
>rpn -c rowdiv <heater.txt | rpn 1 - >tmp2
>pate tmp1 tmp2
-0.134804 -0.21734
-0.028329 -0.094082
-0.055394 -0.134003
-0.033951 -0.166344
-0.038339 -0.071926
:
(中略)
:
-0.022727 -0.011111
-0.004651 -0.022472
-0.028037 -0.005747
-0.004808 -0.028902
-0.019324 -0.02381
この計算結果をグラフ化してみます。なお、縦軸の温度の低下率は100倍してあるので、パーセンテージです。
>xyp -x,25 -y-25,0 -k2 -s5,5 -n -m <tmp
+------5-*-----*0-*-*--*5-*--*-*+-*+-*->
|o * * * +* +* +* +2+
| ** * * ++ + + ++ x
-5 * + ++
| + + + +
| + +
-10
|
|* +
-15 +
|
|
-20
|+
|
|-25
"*"が陶器カップで"+"が遠赤外線パネルです。確かにパネルのほうが変化率が高くなっていることが、目でも確認できますね。
温度差と比例定数k
ニュートンの冷却法則は物体の周囲の温度との差に比例して冷却速度が決まるので、単に遠赤外線パネルの最初の温度が周囲の温度に比べてとても高かった(温度差141.8℃)ため、比例して温度低下率がコーヒーカップよりも高かったとも考えられます。
そこで、遠赤外線パネルの温度が80℃付近のデータを切り取って、陶磁器カップのケースと比較してみましょう。
>xyp -x,25 -y25,100 -s5,10 -d+ -n -m <tmp
:
(できたグラフを陶磁器カップのケースと合成)
:
^y 100
|
85
*
75
|*
65 *
| * **
55 + ** *
| + + ** ** *
45 + + * ** *
| ++ ++ ** ** ** * *
35 ++ ++
| + ++ + x
| 25
+25----5-------10------15------20------>
"*"が陶磁器カップで"+"が遠赤外線ですが、共に80℃くらいから冷えていきますが、コーヒーの曲線よりもパネルの曲線のほうが速く冷えていきます。
比例定数のkが異なるので、当然の結果ですね。*
液体の実験ではニュートンの冷却法則に綺麗に合致しませんでしたが、固体の冷却の場合はかなり正確に法則に従っています。
法則どおりであれば、一定時間の最初と最後の温度を調べることで、冷却が始まった時間や特定の温度になる時間を的確に予測できます。逆に比例定数と冷却経過時間、開始温度と現時点の温度が分かれば、室温も推定できます。
いずれにしても、ニュートンの冷却法則には、いろんな応用が考えられそうですね。
死亡時間の推定にニュートンの冷却法則を使う例題がよく見られますが、季節によって体温の低下率が異なりますし、何より初期の体温が不明で風邪などで発熱していたり、過度に寒い場所にいたりすると、時間の推定が困難です。実際にニュートンの冷却法則に従うのかどうか真偽のほどは分かりません。
rpnプログラムを実行するには、rpn試用版かrpn標準版が必要です(バージョンの違いはこちら)。
pasteは講座サポートで公開されています。rownum, rowdif, rowdivはカンタン分析パッケージに同梱されています。lookupはユーティリティーパッケージに同梱されています。scaleはrpnマイスターパッケージに同梱されています。xypとnpdはrpnの姉妹ソフトウェアです。詳しくはプロダクトを参照ください。