ランダムな放射線の捉え方 part2
アラーム発生のタイミング
アラームの発生過程を詳しく見ていきましょう。アラームの鳴ったタイミングを時系列でプロットしてみます。横軸が30分の時間軸、縦軸はアラームが鳴った回数です。
アラーム回数 外れ値扱い --+----+
^ * <-------+ v v
| * *
| * * *
| * * * * * * * * *
*-*----*-*----*---*----*-*-------*----------*--*----------->
0分 29分
グラフを見る限り、発生に何かの規則性は感じられません。先ほど、3回のアラームが2つと4回のアラームが1つの計3つが外れ値であるとしましたが、上のグラフを見るとある程度は納得できますね。
少なくとも、放射線はレザー光線のようにピーっと連続して照射されるようなものではないですし、ピッ、ピッ、ピッのように一定間隔で放出されるようなものでもないことが分かります。ピッ、…、ピピッ、ピッ…と連続性も周期性もないランダムな感じです。
アラーム数の度数分布
次に1分間に鳴ったアラーム数の度数分布を幹葉表示で調べてみましょう。先ほど同様、3回と4回の度数が外れ値の対象だったわけです。
0 | 0000000000000
1 | 00000000000
2 | 000 _____
3 | 00 | ここから外れ値
4 | 0 v
一番多いのが1回もアラームが鳴らないケースです。回数が増えるに従って急激に度数が落ちていくのが確認できます。実際に、度数分布のグラフを描いてみましょう。
^y 15
| +--------------+
* | アラーム数 度数 |
| | 0 13 |
- * | 1 11 |
| | 2 3 |
- | 3 2 |
| | 4 1 |
- | 5 0 |
| +--------------+
-
|
- *
| * x
|o * 5
+------|-------|-------|-------|-------> (1分間のアラーム回数)
0回 1回 2回 3回 4回
アラーム回数が0回と1回で全体の80%(24/30)を占めています。
放射線はポアソン分布を仮定
さて、放射性物質から出る放射線(検出できた本数)はポアソン分布に従うという仮説がありました。実際はアラームが鳴った回数で代用したのですが、実験結果から単位時間のアラーム数の期待値を計算してみましょう。
30分間のうち、アラームが鳴った回数は27回なので簡単に計算できます。そして、ポアソン分布は平均をμとすると分散もμです。従って、標準偏差は√μになります。実際に計算すると平均と標準偏差は以下のようになります。
0.9 0.948683
平均μが0.9で標準偏差√σが0.95のポアソン分布だと仮定できます。
ポアソン分布の理論値
ここまでが実験から得られた知見ですが、ポアソン分布の理論的な側面からも考察してみます。まず、ポアソン確率分布は以下の数式で表されます。
μ -μ
f(x) = ----・e
x!
試行回数が無限大で、確率が限りなく0に近く、母平均が一定と仮定。
ここでμはアラームの平均値、xはアラームの数、eはネピア数です。この数式から1分以内に3回だけアラームが鳴る確率が分かります。μが0.9でxが3なので、rpn式は以下のようになります。
0.0493982
4.9%の確率です。同じようにして、アラームの鳴る回数が0回、1回、2回、4回、5回の場合の確率を求めます。以下のrpn式で一気に計算できます。
0.40657
0.365913
0.164661
0.0493982
0.0111146
0.00200063
1行目が0回の場合、2行目が1回、最終行が5回の場合になります。アラーム回数が増えるに従って、確率は急激に減っていきます。0回と1回で全体の77%を占めています(実験の80%とそっくりです)。
さて、試行回数は全部で30回なので、それぞれの確率に30を掛けると期待値が出てくることになります。今度も以下のrpn式ですぐ計算できます。
12.1971
10.9774
4.93983
1.48195
0.333438
0.0600189
実測データと比較してみましょう。数値的にも似ている感じがしますが、それぞれをグラフに重ね合わせてみます。
+
* +-----------------------+
| | 実測値 理論値 |
- + | 0回 13 12.1971 |
| | 1回 11 10.9774 |
| | 2回 3 4.93983 |
| | 3回 2 1.48195 |
| | 4回 1 0.333438 |
- | 5回 0 0.0600189 |
| + +-----------------------+
|
| *
| + x
|o + +
+------|-------|-------|-------|-------* (1分間のアラーム回数)
0回 1回 2回 3回 4回 5回
"*"が実測値で、"+"が理論値です(実測値と理論値が同じ場合は"+"を表示)。よく近似している気がします。先に示したプロシア兵士の馬による死亡事故の度数分布とも似ていますよね。
ポアソン分布の統計的な検定
見た目だけでなく、統計的にも検定してみましょう。適合度検定で分布の近似度合いを検定します。まず、実測値と理論値を並べたデータがファイルの"tmp"に格納してあるとします。
13 12.1971
11 10.9774
3 4.93983
2 1.48195
1 0.333438
0 0.0600189
ここで、帰無仮説は「アラームが鳴る回数の分布はポアソン分布である」として、対立仮説は「アラームが鳴る回数の分布はポアソン分布でない」にします。検定作業自体は以下のrpn式ですぐ完了です。
2.38827
検定値は2.39です。引き続いて、確率を計算してみましょう。
0.664437
有意水準を5%とした場合、66%≧5%で帰無仮説は保留されるため「アラームが鳴る回数の分布はポアソン分布ではないとは言えない」という結果になりました。
統計学独特の遠まわし的な言い方ですが、要はポアソン分布だと思ってよいということです。100%でポアソン分布に合致するのですが、66%なら満足のいく結果です。計測時間を増やしてデータ数が確保できれば、その傾向がよりはっきりと出てくるでしょう。
一定時間内での放射線の数がポアソン分布に従うことは、ラザフォード(イギリスの物理学者で原子物理学の父)が実験で確認しています(1910年)。その結果を検定すると40%弱です。ちなみにプロシアの馬の例では67%でした。よりポアソン分布に近似した例として、ロンドンのV2ミサイル空襲における落下場所(600発近い)の検証がありますが、その値は 90%にもなっています。
逆説的に考えると「ポアソン分布に従わない場合、その事象はランダムではない可能性がある」ということです。
実は番外編の放射線測定器のアラームに関する考察にあるように、実験に使用した測定器は放射線のポアソン分布を仮定してアラーム鳴動させています。そのアラーム数を数えれば当然、ポアソン分布になるはずです。やはり、被曝覚悟で測定器のLED表示を目視で読み取ったほうが良かったのかもしれませんね。
放射線が及ぼす影響
ポアソン分布は滅多にない事象(というより偶然に起こる事象)を取り扱うのに適しています。そして、放射線が飛び出る本数の分布がポアソン分布に近似できそうだからといって、希に飛んでくる放射線が安全とは限りません。
放射線との戦いは生物の誕生からずっと続いています。古代の地球では放射線の量が多すぎてどんな生物も生きられませんでした。放射線が減ってきて、ようやく生物が多様化した歴史があります。ヒト属(ホモ属)も誕生から200万年もの間、宇宙線や紫外線、ラドンなどの自然放射能に耐え、体内から代謝する仕組を作ってきました。何とか順応したというか許容している程度で、放射能が生物に利益を与えることはほとんどないでしょう。
実際、放射線源が強力であれば、低線量下であまり鳴らないアラームが高線量下では鳴りっぱなしになります。もし人間が長期間の10μSv/h被曝でも平気で耐えられる(放射線が原因の病気にもならず)ならいいのですが、そういうわけではありません。
放射性物質の除染作業では、空間線量が高くなったら5m以内に線源があると考えてよいそうです。その後、相対的に線量が高い付近をより詳しく測定して線源を特定することになります。
低線量下では低線量下なりのポアソン分布になり、高線量下では高線量下なりのポアソン分布になるだけです。つまり、低線量下で希に検出される50cpsが異常な数でも、高線量下では普通の値になります。高線量下でアラームが鳴るには桁の違うcpsになります。
人体が放射線にどれくらいまで耐えられるの分かりませんが、法律では0.1μSv/h(年間約1mSv)だと決められています。危険な量の放射線を検出したら、1mでも遠く離れる以外に選択肢はありません。
自然放射能も人工放射能も外部被曝の点では同じですが、放射性物質を体内に取り込む内部被曝に関しては異なります。例えば、古代からの自然放射性物質である放射性カリウムは体内に入ってもすぐに代謝する仕組みが既に出来ています。しかし、人類が作り出した人工の放射性物質(例えばセシウム137)は徐々に蓄積するので、健康への影響が懸念されます(晩発性障害)。
放射線の外部被曝や内部被曝の危険性や、放射線の方向や飛程距離に関する考察が実践コーナー(時事アラカルト)の放射能からのサバイバルにあります。興味のある人は閲覧ください。
番外編:放射線測定器のアラームに関する考察
使用した放射線測定器は特定のアルゴリズムに従って、警告アラームを出す仕様になっているようです。測定器は250ms(ミリ秒)毎に放射線の検出数をカウントします。以下の図のように、2秒間で8コマのメモリがあるようです。
+--+--+--+--+--+--+--+--+
| | | | | | | | |
+--+--+--+--+--+--+--+--+
|-----------| ->| |<-
μSv/h(cps) 250ms
LED表示
断片的な文献しかないため、分かる範囲での解析です。測定器の表示は最新の1秒間のカウント数合計を使用しているようです。なお、μSv/hの表示はcps表示よりも遅れる感じがします。
250ms毎に新しく検出数をカウントすると、一番古いカウント数が破棄されて最新の検出数が追加されます。FIFO(First In First Out)キューのイメージですね。
+--+ +--+--+--+--+--+--+--+ +・・+
| | --> | | | | | | | | --> : :
+--+ +--+--+--+--+--+--+--+ +..+
新しい 古い
検出数 検出数
電源ON時に一定時間を掛けてバックグラウンド(自然放射線量)の検出数を測定しているので、その数から2秒間の期待カウント数を割り出します。平均でこれくらいは放射線がカウントされるという数ですね。
バックグランドは場所によって異なります。例えば、木製の机の上だと0.08μSv/hなのに対して、陶器の洗面台の上だと0.10μSv/hです。
警告アラームの鳴動基準となる閾値は、バックグラウンドの平均検出数から以下の数式で計算するようです。
bはバックグラウンドでの平均検出数/秒、tはリアルタイムにカウントする基準の秒数で2秒間です。bにtを掛けたものが基準秒数内にカウントされるであろう放射線数の期待値です(要はμ)。そして、数式右辺のbにtを掛けて平方根を取っているものが標準偏差です(要はσ)。nはσの係数です。
この数式を計算すると閾値が出てきます。この閾値と250ms毎に更新される2秒間の8コマの合計値と比較して、閾値より大きければアラームが鳴動するという仕組みのようです。
バックグランドが0.07μSv/hの場合、閾値を計算すると37程度になります。つまり、250ms毎に過去2秒間で37本より多い放射線数を検出するとアラームが鳴るわけです。
アラームの鳴る閾値はσによる品質管理に似ています。放射線の発生はポアソン分布に従うと仮定していて、あり得ない事象(σのn倍)が起きたときに鳴動する仕様です。事実、ポアソン分布はμが十分に大きい時(1000以上)、ガウス分布(正規分布)に近似します。
実際は8cps程度の低線量下(b・tが16程度(μ=16))ではガウス分布との近似は望めないので、誤作動のないアラームにしようとするとσの係数設定が重要になります。放射線測定器メーカーのノウハウ部分なのでしょう。
rpnプログラムを実行するには、rpn試用版かrpn標準版が必要です(バージョンの違いはこちら)。
stemleaf, freqはrpnマイスターパッケージに同梱されています。integralはビジネス統計(推定編)に同梱されています。tstfit, prob-chiはビジネス統計(検定編)に同梱されています。xypとnpdはrpnの姉妹ソフトウェアです。詳しくはプロダクトを参照ください。