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地球温暖化と太陽の黒点数 part2

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江戸時代の黒点数

 1603年から1868年までの265年間が徳川幕府が統治していた江戸時代です。さっそく、江戸時代の黒点数の推移をグラフで示してみましょう。用意できた黒点数のデータは1700年からなので、最初の100年弱は無視しています。

  >rpn 1700 1868 -c lookup <spot.txt >tmp
  >rpn x _ 1 -c rownum <tmp | xyp -x,168 -y,200 -s50,50 -w60 -m | npd
  ^y 200
  |
  |
  -                          *
  |                                               *
  |        *                  * **                *   *
  |            *                 *
  -         *   *         *                       *  **   *
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  |        ** * *         *   *                **         *
  | *   *          *   **  *      *            * * * * * * *
  -    *    *       * * *          *  **   *  * *    *     *
  |**  * * * ** * * * * ** **  *     * *  **  * *  *    *   **
  |**    **   *  **      *   * **  ***    * * *     *   **  *x
  *o ***  *  *   **  **  *  *  *    ** **** **   *  *   ** 16*
  +---*------------|-----------------|--*--------------|----->
  1700             1750              1800              1850  1868


江戸時代の168年分の黒点数の推移ですが、例のごとく周期的に黒点数は変化しています。よく見ると1700年付近、1750年付近、1800年付近の黒点数が比較的少ない様子が分かります。12年周期だとすれば165年のうちに13回黒点数の極大と極小のピークがあったことになります。

ちなみに1645~1715年はマウンダー極小期で、太陽の活動がもっとも低調であった時期です。観測された太陽黒点の数はとても少ない状態でした。前ページにある370年前に起きたと見られる4重極構造と重なります。なお、太陽活動の11年周期が伸びて(13年等)からマウンダー極小期が発生している可能性が屋久島の縄文杉1000年分の年輪調査から推定されています。

江戸の四大飢饉(三大飢饉)

 よく記録に残っているのは、地震や津波といった天災、病気の流行などマイナス側のものが多いものですが、その中に飢饉に関する記録があります。

飢饉が起きる原因には大雨や洪水などの水害、ひでりによる旱魃などがありますが、最たるものが冷害です。江戸時代の300年間にも四大飢饉と呼ばれる飢饉がありましたが、寛永の大飢饉以外の原因は冷害によるものでした。

名前
西暦/将軍/被害地
寛永の大飢饉
1642~1643年 徳川家光 東日本
享保の大飢饉
1732年 徳川吉宗 西日本
天明の大飢饉
1782~1787年 徳川家治 東北地方
天保の大飢饉
1833~1839年 徳川家斉、徳川家慶 東北地方


寛永の大飢饉を除いて江戸三大飢饉とも言うらしいので、1700年からの黒点数の記録と冷害が原因の3つの大飢饉との照合には意味がありそうです。順番に見ていきましょう。

享保の大飢饉(1732年)

享保の改革で有名な8代将軍徳川吉宗の時代に大飢饉が起きました。当時の黒点数はどうだったのでしょうか。グラフで見てみましょう。

  >rpn 1716 1745 -c lookup <spot.txt >tmp
  >rpn x _ 1 -c rownum <tmp | xyp -x,30 -y,200 -s5,50 -m | npd
  ^y 200
  |
  |
  -
  |
  |              *
  |                            *
  -               *              *
  |                           *
  |             *   *        *    *
  | **
  -*                 *
  |    **      *      *     *      *
  |      * * *            *          **  x
  |o        *           **             * *
  +-----|------|-----|------|------|----->
  1716                  o              1745


グラフ横軸の1716年から1745までの中間にある"o"が大飢饉の発生した1732年です。そのときの黒点数は11個で最も少なくなっています。黒点数は周期的に増えたり減ったりしていますが、飢饉は黒点数が極小のときに起きているように見えます。

天明の大飢饉(1782~1787年)

次は天明の大飢饉です。今度は1782年から1787年まで7年間も続きました。最も酷かったのが1783年で、浅間山までが噴火し、火山灰による影響や日照時間の減少を引き起こしました。また、同年にはアイスランドのラキ火山も噴火しており、世界的な天候不順を引き起こしています。

  >rpn 1781 1788 -c lookup <spot.txt >tmp
  >rpn x _ 1 -c rownum <tmp | xyp -x,8 -y,200 -s1,50 -m | npd
  ^y 200
  |
  |
  -
  |
  |                                 *    *
  |
  -
  |                            *
  |   *
  |
  -
  |        *
  |             *         *              x
  |o                 *                   8
  +---|----|----|----|----|----|----|---->
      1781 o    o    o    o    o    o 1788


同じく"o"が飢饉の発生している年です。そして、1783年は最も黒点数が少ない年でもありますね。やはり黒点数が少ない時期に飢饉が起きるのでしょうか。

天保の大飢饉(1833~1839年)

引き続き、3つ目の大飢饉である天保の大飢饉です。天明の大飢饉から40年くらい経過しています。もう少しで明治になろうという時期で、体力の落ちてきていた徳川幕府にとっては辛い政です。

  >rpn 1830 1843 -c lookup <spot.txt >tmp
  >rpn x _ 1 -c rownum <tmp | xyp -x,13 -y,200 -s1,50 -m | npd
  ^y 200
  |
  |
  -
  |                     *
  |                  *
  |
  -                        *
  |                          *
  | *
  |               *             *
  -    *
  |       *                        *
  |                                   *  x
  |o         * *                         *
  +-|--|--|--|--|--|-|--|--|--|--|--|--|->
  1830    o  o  o  o o  o  o          1843


今度も7年間続きましたが、やはり飢饉は黒点数の少ないときに起こっています。黒点数が多いときにもまだ続いているのが気に掛かりますが、逆に言えば極大期で飢饉が終わったとも考えられます。

もうちょっと大きな視野で見てみましょう。1800年からの50年くらいの黒点の動きです。"o"の部分が天保の大飢饉の期間です。極小期に飢饉が起こり、極大期には終わっていることが分かります。

  >rpn 1800 1843 -c lookup <spot.txt >tmp
  >rpn x _ 1 -c rownum <tmp | xyp -x,44 -y,200 -s5,50 -m | npd
  ^y 200
  |
  |
  -
  |                                *
  |                               *
  |
  -                                 *
  |                                  *
  |                         **
  |                        *     *    *
  - ****         *        *   *
  |*    *       * *      *     *       *
  *            *   **    *              *x
  |o     ** ***      ****       **      4*
  +---|----*---|----|---|----|---|----|-->
  1800                         oooooo 1843


極小期に必ず飢饉が起こるとは限りませんが、3回とも起こった時期が全て極小期を含んでいるのは注目に値します。

飢饉が発生する仮説ですが、太陽の活動が徐々に弱まりながら、数回の極小期を過ぎることで地球が徐々に冷え、ある極小期でティッピングポイントを超えます。その時には海水温、気温、季節風、天候…など全てが悪い方向に動いて冷害となり、大飢饉が起こるのかもしれません。

温暖化と寒冷化のメカニズム

 地球の温暖化に関しては温室効果ガスの二酸化炭素増加説が強力なのですが、それ以外にも説はあります。興味深いのが太陽との関連を指摘した次の仮説です(スベンスマルク効果)。

  • 太陽と温暖化の関係

    ①太陽の黒点が多くなる(太陽が活発)
    ②太陽風が強くなる(プラズマや磁場の影響が増える)
    ③宇宙線が地表に届かなくなる(雲ができない)
    ④太陽光線が照りつける
    ⑤大地と大気が暖まる(海は放射熱により暖まらない)
    ⑥大気によって海面の温度が上がる(海水から二酸化炭素が放出)

  • 太陽と寒冷化の関係

    ①太陽の黒点が少なくなる(太陽が低調)
    ②太陽風が弱くなる(プラズマや磁場の影響が減る)
    ③宇宙線が地表に降り注ぐ(雲ができる)
    ④雲が太陽光線を遮断する
    ⑤地面と大気が冷める
    ⑥大気によって海面の温度が下がる(二酸化炭素が海水に吸収)

いかにもロジカルに説明できています。この説明では二酸化炭素が増えたから温暖化したのではなく、温暖化したから二酸化炭素が増えたということになります。

海は巨大な二酸化炭素のバッファです(大気の20倍蓄えられる)。ゆっくり温まり、ゆっくり冷えます。その過程で、温まるときに二酸化炭素を放出し、冷えると二酸化炭素を吸収します。

要するに、この仮説では温暖化する・しないは雲の量に依存し、その遠因は太陽の活動にあるというわけです。

アル・ゴア氏の「不都合な真実」で気温と二酸化炭素の関連がグラフで示されましたが、どちらが原因となったかははっきりしていません。両者は相関関係にはあっても因果関係は不明だったのです。事実は気温の変化が1000年から3000年先に起こり、二酸化炭素の変化がそれを後から追いかけたのが真相です(海水温が変化するにはそれくらいの時間が掛かる)。

今後、発展途上国の工業化により、二酸化炭素の量は増える一方です。そのような資料は枚挙に暇がありません。もし二酸化炭素説が正しいのなら、世界が経済発展し続ける限り、寒冷化は考えられません。いずれにしても、10年から数十年くらい経てば、どの説が正しかったのか判明するでしょう。

温室効果ガスによる地球温暖化説には、根拠となるデータが作為・改竄されていたという事実も暴露されています。二酸化炭素を原因にしたいという思惑も感じられ、ビジネスに直結しているのかも知れません。本当に不都合な真実とは何なのでしょうか。
1900年からの100年間で二酸化炭素濃度は400ppmまで上昇しました。特に1950年から1980年の30年間に急激に上昇。しかし、1945年から1980年の間、気温は上がっていません。今後、濃度が上がれば地球は温暖化するはずなのですが、氷河期時代(5億年前)には8000ppm、氷床が赤道まで到達する全球凍結期(7億年前)には20000ppmもありました。CO2原因説には矛盾があります。
NASAも地球温暖化の原因は人類によるものではなく、太陽活動が影響したものだと2009年に結論付けています。また、日本とロシアの一部の科学者は地球が再び氷河期に入ると指摘。2015年には寒冷化に向かい、2055年にピークを迎えて、その後200年は氷河期が続くとのことです。
元々、地球は氷期10万年(極寒)、間氷期1万年(温暖)のサイクルを繰り返しており、現在は間氷期と氷期の境目に位置しています。寒冷化はいつ始まるかのタイミングの問題に過ぎません。

なお、黒点数が少ない年には地震も多いそうです。特にマグニチュード8.0以上の巨大地震の発生確率は約80%が黒点数の極小期に集中しています。そういえば天明の大飢饉の時の浅間山の噴火も極小期でした。

逆に黒点数が多いときに流行るのがインフルエンザです。大流行した年と黒点数のピークがピタリ一致しています。これは赤痢、天然痘、猩紅熱、ポリオ、白血病にも当てはまります。どうやら温暖化以外にも太陽の黒点数と関連する事象はたくさんありそうですね。

太陽に依存する地球の環境は意外なほど脆弱です。1989年のカナダで起こったケベック州の大停電は有名で、巨大な太陽フレアから発した太陽風が磁気嵐を誘発して誘導電流が起こり、送電網が壊滅しました。その復旧に数ヶ月要したほどです。過去に観測された中で最大の太陽風は1859年に発生しており、北半球の電気を基盤としたインフラを壊滅的に破壊しました。このような猛烈な太陽風から起こる事象を発見者に因んでキャリントン事象といいます。この事象が起これば、電気製品はもとより、発電施設・送電網の全てが影響を受け、復旧に最大で10年が必要と見積もられています。なお、キャリントン事象が起こる確率は10年で12%とのこと。

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